あなたは疲れていませんか?ジャッジして生きている思考の世界:その1

今日は私が今いるジャッジの世界についてお話しします。

ジャッジ(judge)[名](スル)
判決を下すこと。判断すること。審判。判定。「公正にジャッジする」
競技の進行や勝敗の判定などをする審判員。また、その判定。ボクシングやレスリングではレフェリーに次ぐ副審をいう。  【コトバンクより】

私は周りの人を自分の物差しで好きか嫌いの判断をしていまいがちです。
人だけではなく、白か黒、良いか悪い、上か下、勝ちか負けなど表現は色々あります。

この好きか嫌いかなどのジャッジが何か選択する時に思考として出てくる。

こういう思考をする人、実はたくさんいるのではないでしょうか。

好きか嫌いかなどの思考をして
判断する=ジャッジの世界
そして、その世界にいる住人として”ジャッジの世界の人”と表現しています。

人によっては仕事として必要な判断は当然あります!
裁判官さんとか審判さんとか・・・私は違うのに。

日常でジャッジする思考がある。

自由に楽しく毎日を送りたいと思っている私は
ある時、この思考がとても邪魔に感じるようになりました。

今までは我慢をする世界で生きていて、
ずっと息苦しい毎日を送ってきました。
だから、我慢することをやめました。

私の好き嫌い言ってもいいんだー!気持ちが楽だー!自由だー!
しばらくして私はジャッジの世界にいるんだと、気付きました。

自分の気持ちをまず考えるって、自分を認められた、許せた!
なんて初め思っていました。

ところが来る日も来る日も、好き嫌い、良い悪い。勝ち負けなどで物事を決めるように。
なんだか、大変。

今回の話は特にそのジャッジしている時に悩んだこと。

人について。(※恋愛話ではありません)
ずっと仲良くしていた人がいました。
けれど、ある日ある時、その人の言動にとても傷つき、ムカついた。
一回だけならまだしも、何度も。
会話すること、一緒にいること、助言されること、約束することが苦痛に感じる。

日々マウンティングで物申される(ー ー;)


(※イメージです)

簡単に言えば、前のように居心地良くいられなくなったんです。

その人は友人として、良くしてもらった、好きだと思って
一緒にいることも増え、話をする時間も自然と増えていました。

そう感じてしまった時に、ずっと仲良くしてきたのに、
嫌になったなんて、私はひどい人間のように思えました。

なんとか、気持ちを元に戻したくて、やりとりも続けました。

ところが私の性格のためか、元に戻るどころか、ますます嫌になり
気持ちもどんどん離れていきました。

ただただ苦痛。

そして、もうその人と関係修復は私には無理で、嫌いなんだ。
私はひどい人間だと認め、離れることにしました。
でも、やっとした決断がとても悲しくて、苦しい。
問題から逃げている気もする。

結局、自分を責めることになりました。

いろんな思考がぐるぐるとして、どうしたらいいか自分でわからなくなりました。

ところが、世の中にはどんな人とでも付き合える人がいます。
側にいると天使や女神のような人だと感じていました。

そんな人達と出会うたびに、楽しそうだし、輝いて見えるし、とても素敵だから
憧れて、羨ましいとさえ思っていました。

その一人に相談してみました。

そうしたらこんな回答が。

「ジャッジしているから、疲れるの。しなくなったら楽だよ!」

そんなことが私に出来るのか(・・?)?

次回に続きます。

 

人間関係はいろいろあります。
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